石巻グランドホテル
〒986-0827 宮城県石巻市千石町2-10
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料理長が目の前で料理する等、料理自慢の本格的シティホテル
気品ある佇まいとスタッフの真心こもったサービス、何と言っても料理が評判の良い宿。
ビジネスから観光まで、多目的に利用できるシティホテル。
和洋中の3つのレストラン、多彩な宴会場など設備も充実!
ホテルニューさか井
〒986-2523 宮城県石巻市鮎川浜万治下1−7
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石巻旅行記
二度目の宮城 石巻編(by しゅいぐーさん)
夏に続いて今度は、年始の挨拶を絡め宮城に出張しました。そのついでに、金〜日まで仙台周辺で探検してきました。
第一日目 セントレア⇒仙台 朝一番の飛行機で到着、レンタカーで、古川へその後、石巻で昼食と散策をしました。
追伸:marsyさんありがとうございました。参考になりました。
【旅行時期】2009/01/16~2009/01/18
【エリア】
石巻
【テーマ】
出張
【投稿者】
しゅいぐー
1962年のパリだより【743】驚くべき1613年の訪欧団(by ソフィさん)
1962年1月13日(土)
実は文久二年(1862年)のヨーロッパ派遣団は、日本初ではないのだ。
その250年も前の慶長18年(1613年)に、伊達政宗が通商交渉のために、支倉常長(はせくらつねなが)をスペインとローマに送っている。
彼はスペイン人ルイス・ソテロ正使とともに、副使として180人を引き連れ、ヨーロッパに向かった。
石巻で建造した船に乗り、太平洋を東に向かって、アカプルコからメキシコ半島を横断し陸路ベラクルスへ、そして大西洋を横断、スペイン経由でローマに入る。
出発は月の浦を1613年10月28日。
1615年1月30日スペイン国王フェリペ三世に、同年11月3日ローマ教皇パウルス五世と、それぞれ謁見。
1620年(元和6年)9月20日帰国。
スペインとの交渉は成功しなかったが、この8年がかりの訪欧は、雄大ですごい。
しかし、日本を不在にする間、キリスト教に対する見方が急速に悪化し、支倉常長は帰国後失意のうちに死ぬ。
さらに息子の常頼はキリシタンゆえに処刑され、1640年支倉家は断絶した。
この辺り、私の歴史勉強がまだまだ足りない。
昨日買っておいたパン、バター、ジャムを食べながら、一日部屋を出ずにじっとする。
洗濯や身辺整理など仕事が貯まっていて、気が重い。
出張ついでに仙台周辺旅行 石巻編(by marsyさん)
仙台へ出張したついでに、周辺を旅してきました。
1日目は塩釜・松島めぐり・漫画の国石巻を楽しんできました。
続いては漫画の国石巻編をご覧ください。
【旅行時期】2008/11/29~2008/11/30
【エリア】
石巻
【テーマ】
【投稿者】
marsy
牛タンは「利久」。。。仙台周辺の旅。。。その2(by F&Sさん)
2008年12月13日ー14日。石巻を通り、女川へ。。。地図で牡鹿半島の真中に「牡鹿コバルトライン」を発見!有料でさぞかし走りやすい、景色の良い道路だと思い「金華山」が間近に見えるところまで行こうと選びました。半島の尾根をくねくね?と走る「県道220号牡鹿半島公園線」でかつては有料でしたが、今は無料。。。行き交う車もほとんど無く、寂しい道でした。途中の「十六天駐車場」からは女川湾、その先には反対側の松島方面の展望がきく場所がありましたが、それ以外は林の中。。。という感じで、結局は帰りは海岸線の下の道を帰り、「松島海岸」からは高速で仙台に一気に戻りました。夜は皆さんお勧めの「利久」で極上牛タンセットを食べ、駅周辺のイルミネーションを少しだけ楽しみました!来年はバスに乗って一周しながらイルミネーションを見てみたいです。
【旅行時期】2008/12/13~2008/12/14
【エリア】
牡鹿半島
【テーマ】
グルメ
【投稿者】
F&S
土・日きっぷの旅(その1)〜宮城県内乗りつぶし編〜(by たまささん)
関東・信越・南東北のエリア内であれば
新幹線や特急列車にも乗り放題になる
土日きっぷを使って
仙台方面に出かけてきました。
●行程
大宮07:22〜仙台08:37 (はやて1号)
仙台08:49〜あおば通08:50
あおば通08:58〜石巻10:14
石巻10:20〜女川10:48
女川11:15〜小牛田12:45
小牛田12:57〜岩切13:33
岩切13:38〜利府13:44
利府14:00〜岩切14:06
岩切14:13〜仙台14:24
仙台14:36〜仙台空港14:53
仙台空港15:20〜仙台15:46
ホテルニューさか井
〒986-2523 宮城県石巻市鮎川浜万治下1−7
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